2016年03月30日 (水) | 編集 |
この度、私の公開しましたプロジェクト

『レッテルをはられた命を救いたい
    ~岩手の動物保護施設の建設~

が、皆様の温かいご協力・お気持ちにより、

無事、目標金額をクリアし、

活動拠点となります 岩手県宮古市崎山地区 に、

ワンちゃんのお勉強&預かり所や運動場等を作ることができました。

心より感謝申し上げ、

ここに、その皆様のお名前(ニックネーム可)を掲載させていただきます。

((※ご支援いただいた順番に掲載させていただきます。))



堤 恵子さま   吉野 郁子さま   kobandori さま   かもな さま 

まなごろう さま    Dale Chip さま   たまちゃん さま   mikumama さま

和歌月 里佳 さま   りきパパ さま   brompton さま   サンバ さま

あちゃ さま   やまびこ さま   野瀬 聖 さま    もんじゃ さま  

ペットのイラストショップ【わんくり】 さま   Ayumi Koyama さま

もんた さま   ハル さま   MIYULUA さま   いわなが さとこ さま

大塚のり子 さま   漆原 隆一 さま   中根 ミヤコ さま   みーみ さま

井上 貴博 さま   プチトマト さま   Okubo Aiko さま   takaramonohaK さま

真琴 さま   トミー さま   Keiko Mikuma さま   さち さま   マチャ さま

あきんちょす さま   Tomoko Fujio さま   笠井 玲子 さま   kyon さま

平野 由佳 さま   栃沢シナボン さま   sippo さま   Morio Kimura さま

むぅ さま   ミルトニア さま   アルテミス さま   赤目 さま   エリ さま

村上 恵子 さま   ハッピー&Happy さま   マロンママ さま  前田 満友美 さま

グルミンママ さま   eitmatsu さま   デイズ さま   Chikako Kinoshita さま

ハチのとーちゃん さま   中村 俊介 さま   岡崎 薫 さま   シェリーママ さま

菊地 麻衣 さま   爲貞 和人 さま   みでぃとまと さま   小野崎 泰寛 さま

かねたなえこ さま   とも さま   ピロコ さま   アケミ さま   リノっち さま

nokill_cat&dog さま   けーまま さま   mariko さま   キラキラ星 さま

齋藤淑子 さま   伊藤 文勝 さま   スミコ さま   FORMOSA さま

内藤 舞 さま   AKI さま   町田 倫子 さま   emu さま   かしむらみほ さま

chobi さま   佐藤 恭子 さま   いぬはち さま   天草金太郎 さま

ひろ さま   Nobuko Takahashi さま   みき さま   バンドネオン さま

kojiuri さま   森 教子 さま   ami さま   鈴木 さま   fptohk さま

kazu さま   HALママ さま   黒猫ママ さま    ココマック さま

tokyo-kiyo さま   石川 美穂 さま   あいか さま   カイチャン さま

トラチャ さま   pirori さま   マフィン さま   上園 歩美 さま   

sako さま   moco さま   ひーちゃん さま   さくら さま   メグ さま

chako さま   菅野 さゆり さま   Ellie さま   ひろりん さま   さっち さま

ゆず さま   Yoko Watanabe さま   あちゃ さま   arthur さま   

小笠原 邦夫 さま   Hoshino Takayuki さま  りんにゃん さま  ひろ さま

ぴよ4 さま   arare さま   みるくのパパ&ママ さま   DANTE さま

uncle-t さま   macc1972 さま   桂 隆博 さま   コジママ さま


ラッキーママ さま   たけちゃん さま   若林 知子 さま   北村 優子 さま

サリーパパさま   Lanranran さま   tetsu801 さま   Hiroshi Seki さま

ハルパパさま   チャタハハさま   アズははさま   よはまま さま

らくママ さま   外様大名 さま   kiki さま   Leibovich Kumiko さま

sachi さま   ロン さま   のんのんさま   ししさま   もも さま

Hiromi Asano さま   Hideko Itou さま   kurumi さま   山田広美さま

平野ユキ子さま   大介ママさま   アトムさま   まめち さま

風切屋 さま


以上が、今回のREADYFOR?にご支援いただいた方々です。


他にも、このプロジェクトをみんなに広げてくれた方々や、
『物資』 でのご協力など、たくさんのお気持ちで支えられている
プロジェクトです。


思いは一緒!! 

みなさんの思いを、彼らに伝えていきますね



この施設では、

保健所で、【殺処分】の対象となってしまう子を保護 し、

『本来の自分』 を取り戻すまで、寄り添っていきます。


同時に、分け隔てなく、我が家の子たちや

過剰な反応等で、飼い主さんとうまくコミュニケーションがとれない等の
子も預かります。


み~んな、同じ『命』


みんなで、しあわせ になりましょう
2016年03月07日 (月) | 編集 |
もうすぐ、『あの時』 から5年が経とうとしております。

テレビでも新聞でも、

『あの時』 の特番が目立ってきています。



今回は、東日本大震災以降、よくマスコミに取り上げられている

『津波(命) てんでんこ』 

について書かなければ!! と思い、PCに向かいました。




よく、こんな記事を見かけます。

てんでんこ①


そう、

『津波(命)てんでんこ』 について書かれた記事。



その全てが、


てんでんこ③


このように解釈されています。


そして、皆さんも、ここにあるように、


てんでんこ②


「自分のことだけを考え、他人に構わず逃げろ!!」


という教えだと思っていることでしょう



そうじゃない

ぜんぜん違うんです


私の生まれ育った岩手県田老地区(旧田老町)では、

確かに、

「津波の時はなぁ~、てんでんこだぞ~」

と聞かされて育ちました。



そもそも、この言葉は、

昭和8年3月3日三陸大津波 の時、

ある家族でのやりとりから生まれたと父に聞きました。
(父は、本人から直接聞いたそうです。)


それは、、、


昭和8年3月3日の深夜に発生した三陸大津波によって避難した際、

はじめは、父親が息子を背負って逃げたそうです。

しかし、あまりの凄まじさに、

その父親は、息子を、、、


父親は、なんとか高台にたどり着いたそうです。


そうしたら、

高台から、息子が、、、

先ほど離した息子が、父親より先に高台にたどり着いて
いたそうです。


そこで、父親から出た言葉が、


「いいがぁ、「命」っつうのは、てんでんこなんだぁ~。

そのくれぇ~、『津波』っつうのは、恐ろしいんだぞ!!」



もともとは、

「親子の縁を切ってしまうくらい、「津波」っつうのは、
おっかねぇんだぞ(恐ろしいんだぞ)!!」


という意味だったそうです。



しかし、私が教えられた時には、多少違ってきていました。

※もしかしたら、田老でも、各家々で異なるかもしれません


それでも、田老においては共通していると思います



田老における 『津波(命)てんでんこ』 の意味とは


①家族の中で、それぞれを信じ、

 津波の時は、どこにいても、

 必ず高い所に逃げること



②それぞれが逃げた後、

 事前に決めておいた落ち合う場所に集合すること


 (ちなみに我が家は、赤沼山 でした)


③どこにいても、絶対にそれぞれの身を案じて、低い所に下がるな

 (1度、高い所に逃げたら、親は子を、子は親を心配して、
  家や低い所に、絶対に戻るな!!)




皆さん、

今、世間で言われている 『津波てんでんこ』 との違いが、分かりますか



そう、これは、『家族』 を対象とした教えなんです


今回の震災でも、家族を案じて、1度逃げても、戻ってしまい、

結果、津波にとられた方、、、おりました、、、




決して、

「人に構わず逃げろ」

「他人のことなんて関係ない!!」

「自分さえ助かれば!!」


なんて教えではないんです



あくまでも、「家族内」 で、それぞれが必ず逃げろよ!という意味であって、

逃げる際に、転んだり、助けを求めている人がいたなら、

手をとって、一緒に逃げるのは、当然のことだと私も思います。




いろんなところで、間違った解釈が独り歩きし、

ひどい言われようですが、



むしろ、

命の危機という本当に最悪の状態の時でも、

最愛の相手を信じる 『真の家族愛』  だと私は思います


だからこそ、

「備えあれば憂いなし」

普段から非常事態を想定して、
それらの事態に対して充分に話し合っておけば、
いざという際にも心配がない


私の小さい頃の田老では、各家々で、

こうした話は当たり前のようになされ、

3月3日の朝には、大津波警報のサイレンが鳴り、

みんなで避難訓練に参加し、赤沼山で黙祷をしていました。

(東日本大震災後は、宮古市として、
 3月11日のみの避難訓練となってしまいましたが



災害は、いつ、どこで起きるか分かりません。

ですから、災害が発生したその土地で、

精一杯、生きるように努めなさい。

そして、その後、必ずみんな(家族)で再会しましょう!!



という意味なのです。




最後に、

みなさん、ご存知でしたか?

堤防①


赤い字で、「これらです。


と書かれた部分のポチポチ。

分かりますか?


堤防②


このコンクリートで作られたポチポチは、、、

昭和8年の津波で亡くなられた方々だと私は聞きました。



同じ悲劇を繰り返さないように という思いがヒシヒシと伝わる堤防。



町の至るところに、当時の村長さんの考えで、

真っ暗闇でも逃げやすいように!!と工夫された町並み。



悲しいですが、それもこれも、復興事業により、

もう、跡形もなくなってしまいつつあります



多くの先人たちが見守っていてくれる田老。

カタチあるものは無くなってしまいますが、

『思い』 だけでも、語り継いでいきたいと思います。



たくさんの眠る命と共に生きる田老。

みなさん、どうか、見守っていて下さい。