2016年02月13日 (土) | 編集 |
今回は、野犬だった楽ちゃんに、

大切なことを思い出させてもらったお話


正直なところ、

私は、楽ちゃんみたいに、野山を 自由に 駆け回っていた『野犬』ちゃんたちを

捕獲されたから、とは言え、


首輪をはめ、

リードを付け、

ハウス生活、


いわゆる 『ペット』 として、

たくさんの 束縛 の社会に引き込んでしまうことに、

申し訳なさを感じていました


捕まらなかったら、今頃、自由に走り回っていたんだろうに・・・と。


ただ、


保健所から車で連れ出した時、

初めて乗る車だったろうに、

縮小ハチ
【完全に横になって寝た楽ちゃん】

本来なら緊張して、今度はどこに連れて行かれるか、、、

と不安になって固まるはず、、、


しかし、楽ちゃんは、ピン と張り詰めた緊張の糸が、

プッツン

と切れたかのようでした

まわりでは、殺処分されていく、、、

その中で、必死に耐えていたのかと思うと


そんな所から出れた=『生きれた』 と思ったのかな、、、と私は思いました。



そんな 『自由を奪ったのではないか、、、』 という申し訳なさを抱えていたところ、


あるご縁でつながった方から、こんなメッセージをいただきました


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「捕まる前は、自由だったかも知れないけど、

ドキドキとか、

おなか空いてるとか、

夜もぐっすり眠れなかったけど、

ひさえちゃんとの出会いで、初めて知った 『安心』

初めて知ったから、毎日が新鮮だよ~」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


私は、ハッッッとさせられました


そうだった、、、そうだった、、、

軽々しく、

『自由が幸せ~

なんて言えなかった、、、


あの東日本大震災を経験していても、、、

あの悲惨な状況を目の当たりにしても、、、


私の中で、風化していた、、、


『生きるって、当たり前じゃなかったね、、、』


そう、

『自由が幸せ

と言っているのは、


まず、生きていることが無条件に確保され、当たり前だと思っている、

守られた側からの見方なのかもしれない、、、と思いました。


野生の生き物たち、だけでなく、今や人間界でも、

明日、と言わず、

「今日」 をどうやって生きるか、、、

『生と死』 の狭間で、

ただただ 「今」 この瞬間を生きている「命」がいる、、、


確かに、

『安心』 なんて感覚、、、味わったことなんて無いんだろうね



この横になって寝ている写真を見て、その方は、

はじめて、ゆっくり「寝た」んだね~」 と教えて下さいました。


そして、



縮小七


今から少し前の楽ちゃんは、

~~~~~~~~~~~~~~~~~~
心を開きかけ。。。

戸惑いとか、心配とか感じながら。。。

この心の温かさってなんだろうって。

いう心境が伝わってくる。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~

とも伝えて下さいました。



他、はじめて我が家(仮設住宅)に入った時は、

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ひさえちゃんの周りにたくさんの仲間がいたんだよ。

一番そばにいた先輩が、

「諦めるな。一緒に行こう。」

って伝えてくれた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


と楽ちゃんが教えてくれたそうです


確かに、当時の楽ちゃんは、

もう、「生きること」 を諦めていたように感じます

ただ、私も保健所に面会に行き、

石のようにかたくなに動かない楽ちゃんに、

「必ず、迎えに来るからね」 と心の中で伝えてたのを、

うちのタロコかな

伝えてくれたのかな~と思って、それまた嬉しかったです



ちょっと、ふわふわしたお話だったでしょうが

私はおかげで、

改めて、

『生きていることの難しさ』

当たり前では、決して無かったんだ、、、


という大切なところを思い出させていただきました。


どんなことから感じ取るかは、人それぞれでしょうが、


私は、

自分の感覚を大切に、

『レッテル』を貼られた、曇った状態で、

その先のものを判断したくないと思っています


相手も、もちろん信じます

その前に、自分自身の感覚も、

信じていきたいです
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