2016年03月07日 (月) | 編集 |
もうすぐ、『あの時』 から5年が経とうとしております。

テレビでも新聞でも、

『あの時』 の特番が目立ってきています。



今回は、東日本大震災以降、よくマスコミに取り上げられている

『津波(命) てんでんこ』 

について書かなければ!! と思い、PCに向かいました。




よく、こんな記事を見かけます。

てんでんこ①


そう、

『津波(命)てんでんこ』 について書かれた記事。



その全てが、


てんでんこ③


このように解釈されています。


そして、皆さんも、ここにあるように、


てんでんこ②


「自分のことだけを考え、他人に構わず逃げろ!!」


という教えだと思っていることでしょう



そうじゃない

ぜんぜん違うんです


私の生まれ育った岩手県田老地区(旧田老町)では、

確かに、

「津波の時はなぁ~、てんでんこだぞ~」

と聞かされて育ちました。



そもそも、この言葉は、

昭和8年3月3日三陸大津波 の時、

ある家族でのやりとりから生まれたと父に聞きました。
(父は、本人から直接聞いたそうです。)


それは、、、


昭和8年3月3日の深夜に発生した三陸大津波によって避難した際、

はじめは、父親が息子を背負って逃げたそうです。

しかし、あまりの凄まじさに、

その父親は、息子を、、、


父親は、なんとか高台にたどり着いたそうです。


そうしたら、

高台から、息子が、、、

先ほど離した息子が、父親より先に高台にたどり着いて
いたそうです。


そこで、父親から出た言葉が、


「いいがぁ、「命」っつうのは、てんでんこなんだぁ~。

そのくれぇ~、『津波』っつうのは、恐ろしいんだぞ!!」



もともとは、

「親子の縁を切ってしまうくらい、「津波」っつうのは、
おっかねぇんだぞ(恐ろしいんだぞ)!!」


という意味だったそうです。



しかし、私が教えられた時には、多少違ってきていました。

※もしかしたら、田老でも、各家々で異なるかもしれません


それでも、田老においては共通していると思います



田老における 『津波(命)てんでんこ』 の意味とは


①家族の中で、それぞれを信じ、

 津波の時は、どこにいても、

 必ず高い所に逃げること



②それぞれが逃げた後、

 事前に決めておいた落ち合う場所に集合すること


 (ちなみに我が家は、赤沼山 でした)


③どこにいても、絶対にそれぞれの身を案じて、低い所に下がるな

 (1度、高い所に逃げたら、親は子を、子は親を心配して、
  家や低い所に、絶対に戻るな!!)




皆さん、

今、世間で言われている 『津波てんでんこ』 との違いが、分かりますか



そう、これは、『家族』 を対象とした教えなんです


今回の震災でも、家族を案じて、1度逃げても、戻ってしまい、

結果、津波にとられた方、、、おりました、、、




決して、

「人に構わず逃げろ」

「他人のことなんて関係ない!!」

「自分さえ助かれば!!」


なんて教えではないんです



あくまでも、「家族内」 で、それぞれが必ず逃げろよ!という意味であって、

逃げる際に、転んだり、助けを求めている人がいたなら、

手をとって、一緒に逃げるのは、当然のことだと私も思います。




いろんなところで、間違った解釈が独り歩きし、

ひどい言われようですが、



むしろ、

命の危機という本当に最悪の状態の時でも、

最愛の相手を信じる 『真の家族愛』  だと私は思います


だからこそ、

「備えあれば憂いなし」

普段から非常事態を想定して、
それらの事態に対して充分に話し合っておけば、
いざという際にも心配がない


私の小さい頃の田老では、各家々で、

こうした話は当たり前のようになされ、

3月3日の朝には、大津波警報のサイレンが鳴り、

みんなで避難訓練に参加し、赤沼山で黙祷をしていました。

(東日本大震災後は、宮古市として、
 3月11日のみの避難訓練となってしまいましたが



災害は、いつ、どこで起きるか分かりません。

ですから、災害が発生したその土地で、

精一杯、生きるように努めなさい。

そして、その後、必ずみんな(家族)で再会しましょう!!



という意味なのです。




最後に、

みなさん、ご存知でしたか?

堤防①


赤い字で、「これらです。


と書かれた部分のポチポチ。

分かりますか?


堤防②


このコンクリートで作られたポチポチは、、、

昭和8年の津波で亡くなられた方々だと私は聞きました。



同じ悲劇を繰り返さないように という思いがヒシヒシと伝わる堤防。



町の至るところに、当時の村長さんの考えで、

真っ暗闇でも逃げやすいように!!と工夫された町並み。



悲しいですが、それもこれも、復興事業により、

もう、跡形もなくなってしまいつつあります



多くの先人たちが見守っていてくれる田老。

カタチあるものは無くなってしまいますが、

『思い』 だけでも、語り継いでいきたいと思います。



たくさんの眠る命と共に生きる田老。

みなさん、どうか、見守っていて下さい。

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