2015年03月03日 (火) | 編集 |
3月3日・・・

世間は、「おひなさま」の日・・・ですよね・・・



私のふるさと田老では、幼い頃は、

避難訓練のサイレンで、夜が明けていました。




昭和8年3月3日、午前2時31分。

三陸東方 240kmを震源とする、震度5 の地震が発生。

その約30分後、津波が田老のまちを襲いました。




あれから約80年後の 平成23年3月11日。

またしても、田老は津波に襲われました。




田老は宮古市と合併し、宮古市は、東日本大震災以降、

「3月11日」

に合同避難訓練を行うこととなり、



田老で受け継がれてきた 「3月3日」 の避難訓練と追悼の祈りは、、、



無くなってしまいました。




他、明治29年6月15日(旧暦の5月5日 端午の節句の日) 

午後7時32分にも、M8.5 の強く長い地震の後、

田老のまちは、大津波にのみこまれてしまいました。




築いては流され、、、伝えては流され、、、




こんなにもとられてしまう土地なのに、

なぜ、人々は、また、そこに戻るのか、、、




それは、、、田老は、 『桃源郷』 なのかもね、、、





それでも、こんなに何度も何度もとられてしまうと、、、




いろんなものが、無くなってしまう、、、



残さなければ、、、無くなってしまう、、、



無くなれば、、、それで終わり、、、




だから、そこに 「ある」、 まだ 「残っている」 うちにしか、




「残せない」。





だから、「ふるさと田老」 を残す活動を始めてます。




3月11日(水)には、田老地区公民館で、

『昭和8年三陸大津波と関口松太郎村長を語る』

と題して、語り継ぐ講演を行います。

講師は、さけ幟づくりの会代表:梶山亨治郎

時間は、午後1時~2時

主催は、NPO田老さん。



「天空を泳ぐ さけ幟づくりの会」という団体を震災後、地元の有志で結成し、

その活動の中の1つ、『第4回 ふるさとを学ぼう』 として、

NPO田老さんの追悼企画と共に行うこととなりました。




どうしても、新しいもの・ことに流されてしまいがち。


だから、役割分担。


先人たちが築いてきたものを残していく役割の人。


もう少しだけでもいいから、増えてくれればいいな  なんてね



田老の地で眠っているたくさんの「命」のご冥福を心からお祈り
申し上げます。


そして、また、田老が、元気な姿に戻るまで、どうか見守っていて下さい
と、お願いしたいです









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